海との出会いは?
私は伊勢湾に面した三重県四日市市の出身です。
もの心つく頃から海は日常的な存在で、生家から自転車で10分も走ればカレイやイソギンチャクがいるきれいな浜があり、小学生時代には日が暮れるのも忘れ、びしょ濡れになりながらよく海で遊んでいました。それぐらい海好きだから魚も好き、船もマリンスポーツも加山雄三も好き(笑)。でも、当時は将来水族館で働こうとは思っていませんでしたね。

では、いつから水族館を目指したのですか?
はっきり、自分で意識したのは中学生かな。でも、それ以前、小学生高学年の頃からその資質は芽生えていました。というのも、誕生日やクリスマスに両親が魚類図鑑などを1冊づつプレゼントしてくれたんです。内容は興味深く、隅から隅まで何度も読み、海で見たものを図鑑で調べることが面白くてたまりませんでした。たまにわからない生物を見つけると、電車で鳥羽水族館まで持って行って尋ねました。そんなことをしているうちに水族館のスタッフとも親しくなりました。

将来の就職先に小学生から通っていたことになりますね。
そうです。中学時代からは、大晦日から元旦にかけてに個人的イベントを行うようになりました。紅白歌合戦を見終わったあと、終夜運転をしている電車に乗り伊勢神宮に初詣、その足で鳥羽まで移動し水族館に一番乗り。これを始めた頃、館長の目にとまり、『面白いやっちゃ、ご飯食べに来いや〜』と誘われ、それ以後は水族館に行く度に館長と会うようになりました。そして、高校生のときに『将来は?』と聞かれ、『鳥羽水族館で働きたい!』と、返事。その時点で私の進路は決定(笑)。
だから、大学時代は一切就職活動もしなかったし、後にも先にも就職試験を受けずに鳥羽水族館に入ったのは私だけだそうです。入社時の研修もほとんどせず、イルカの出産とも重なったので即スタッフとして働き始めました。

ニューカレドニアの海を最初に見たのはいつですか?
大学時代、実習で2回の遠洋航海がありました。1973年春、初めての航海のときです。モーゼル湾に入港したと思うんですが、ニッケル鉱の影響か、考えられないほど海が汚れていましたね。それを証明するかのように当時はニューカレドニアで奇形のタカラガイがたくさん獲れたそうです。
でも、いち早く地元が環境問題に取り組んだお陰で、しばらくするといまのような美しい海が蘇りました。やはり、環境対策は先手必勝です。



当時のヌメアの様子、人との出会いを教えてください。
街の雰囲気はいまとあまり変わりません。「みかど」(日本料理屋)はすでに営業していました。店主の宮川さんとはそれ以来の顔馴染みですし、当時の日本名誉領事だったツツイさんとの出会いもありました。なかでも印象的だったのが、民間だったヌメア水族館の創設者ドクターカタラ夫妻にお会いできたことです。そのとき、本にサインをしてもらったのですが、それはいまでも私の大切な宝物です。

ニューカレドニアとの関係が深まったのは?
大学を卒業する頃、パラオの研究所(現・パラオ生物学研究所)から誘いがあり、鳥羽水族館に入社を1年先にしてもらおうと頼んだのですが、入ってからの出向で構わないというので入社後半年間パラオで研究生活を経験。その帰国時、大学に立ち寄るとニューカレドニアツアーの募集があったので参加を即決。これが2度目の訪問になり、現地では、手作り感溢れる大好きなヌメア水族館に通いました。そこで「生きている化石」と呼ばれるオオベソオウムガイと初めて出会ったのです。見ているうちにどうしても鳥羽に持ち帰りたくなり、前回知り合ったツツイさんを通してお願いをしたら、「OK」の返事。すぐに入れ物を買い、国際電話で日本に連絡。鳥羽水族館は個人のやる気を認めてくれる環境だったので、入社2年目の私はうれしかったですね(笑)。

オオベソオウムガイの初飼育はどうでした?
残念ながら、情報がほとんどなく3か月で死亡。後釜を再びニューカレドニアからもらうわけにもいかず、代わりにパラオオウムガイを入れましたが、ある国際見本市でニューカレドニア紹介のためにオオベソオウムガイの展示が決定。捕獲のため鳥羽・ヌメア両水族館にオルストム(現I.R.D. フランス海洋研究所)を加え、3者で共同調査をすることになりました。

調査の様子を教えてください。
アメデ島沖で約10日間船上生活をしながら、オウムガイを捕まえては発信機を付け、放しての生態調査や水深300mまで潜れる深海ロボットカメラを使っての撮影など色々と行いました。しかし、約3千万円のロボットカメラは事故で水没、いま現在も水深180mに沈んでいるはず…。そうした経験も踏まえて、3者による調査報告書もできて、それがオオベソオウムガイの基礎資料になりました。これが縁を深め、その後も情報の交換が行われました。

生態がわかってからの飼育はどうでした?
水温23〜24℃で育つことをはじめ、未知のことがわかったので水槽の環境を整えることができ、水族館の水槽で世界初のオオベソオウムガイの人工孵化に立ち会うことができました。その子どもも孵化し、私が在籍していた時点で鳥羽水族館には日本生まれが3代目までいました。また、2005年に開催された愛知万博の会場でも、私が世話をしたオオベソオウムガイが産卵、来訪者を驚かせたのは記憶に新しいですね(笑)。

ジュゴンのエピソードもお願いします。
鳥羽水族館でのジュゴンの長期飼育にもかかわることができました。その技をシンガポールとオーストラリアでも指導、現在では世界の3か所の水族館で見られます。とはいっても、自然の中で生きている姿は別格。ニューカレドニア本島ではマジェンダ空港の近くやポートプレザンスなど、なぜか船の通りが多いところでも見ていますし、アメデ島の裏ではジュゴンの良い写真をヘリコプターから撮りました。希少種とはいえ、目撃されるわけですから繁殖するだけの個体数はいると思います。いつかどこかで費用を捻出してくれれば、ジュゴンの調査もしてみたい!

これからの森さんの展望は?
これまで私は、西はアフリカ・ギニアビサウから東はカリブまで、そして北はアラスカから南はニュージーランドまで、海関係を中心に32か国を歩いてきました。なかでもニューカレドニアには数えてみると27回行っています。それぐらい好きで縁を感じますが、日本国内ではニューカレドニアの知名度はあっても実態は意外と知られていません。だから、いろいろな機会をとらえて紹介したいです。

具体的には?
イベントとしては、私が館長をしている「エビとカニの水族館」で移動水族館を行っています。テーマは『ニューカレドニアと南の海』。奇をてらって珍魚怪魚を展示するのではなく、南の島の生き物を視点を変えて面白く紹介します。事前に、各地方テレビ局と連携してニューカレドニアの番組を制作、放映する。これまでに岡山、北海道、金沢など全国各地で開催、好評を博しています。とにかく大好きなニューカレドニアを知ってもらいたいです。今夏は愛媛県松山のいよてつ高島屋「ニューカレドニアと南の島の水族館」展を8月8日から22日まで開催するので、お近くの人にはぜひ見てもらいたいですね(笑)。

オオベソオウムガイ